オタク日記20221009

 松浦寿輝「あやめ」を読んだ。数年ぶりに旧友に会いに行った男が道中交通事故に遭うが、生死の区別がつかないまま子供の頃の生家があった秋葉原近辺の街を彷徨うという小説で、読んでいた時に先日亡くなった父方の祖父母のことをそれとなく思い起こした。おそらくもう父親の生家に訪うことは二度とないだろうことを思って。

オタク日記20220710

前回が気負いすぎた文章で日記が途絶してしまったため、かなり文章を緩めにして日記を書くことにした。

 

・自分はよく閉店前のブックオフに行く。それは別に閉店前にわざわざ行きたいという気持ちがあるわけではなく、たまたま日中のあれやこれやをしていると閉店前に行くことになってしまうという、それだけである。

 先週もいつものように閉店前のブックオフに行ったのだが、近くから「やっぱり人生って目標ないとキツイっすよね」という声が聞こえてきた。誰かと話してる風だと思って目を向けてみると、男二人が何やら話しているのが見えた。片方が(崩れているとはいえ)敬語だったので、先輩後輩のような関係なのかもしれない。話題を振られた先輩は「そうかなぁ」とぼんやり受けたような調子で、自分がその場を離れてしまったことでその後どのような会話が交わされたかは知る由がないが、長いこと閉店前にブックオフに通っている経歴上この時間帯に複数人でブックオフに訪れる人間を見かけるのが稀であり、またブックオフで人生について語っているというシュールさもあり、なんとなく印象に残っている。

 

・選挙期間になるたびに驚くことは、選挙に行かない人間を攻撃する人間が毎回複数人現れることである。「選挙に行かないのは自分で自分の選択権を放棄している馬鹿だ」など。今回少なくとも二人ぐらいそうした人間をツイッターで見かけている。正論のようにも聞こえるが、なんとなく腑に落ちない感じがするのは何故だろう? 政治に無関心な人間は、むしろそうした物言いに反感を感じて政治から遠ざかっているのではないだろうか? 知らんけど。(ちなみに自分は選挙に行ってきた)

ゼロ年代(あるいはもっと前から)から続いてきたこのようなオタク(ひいては若者)の政治的無関心が何に由来するかは、昔から関心がある事項ではある。*1

*1:ただし、自分の関心はどちらかというとかなり限られた範囲であり、たとえば欅坂46の初期の楽曲「サイレントマジョリティー」「不協和音」は明らかに政治を意識して作られているアイドルソングで、香港のデモなどでは周庭に代表されるようにこれは政治意識をエンパワメントする意図で用いられていて、この辺りはそもそも若者のデモ自体あまり起こらない日本と対照的で面白いと思う。

好きな本、興味がある本5選

 自分が好きな本や興味がある本、それからその理由について書き記すことは、読者に対してその人間性を開示するとともに、おのれが記事を読み返したときに執筆当時の自身の思いや感興を思い起こさせる際の、道標としての意味合いも込められているように思う。
 ということで、ここに本を5冊、短評も書き添えて列挙していく。

 記憶する限り自分が初めて読んだ文芸評論の本。柄谷の文芸批評の仕事のなかではおそらく一番有名な本ではないかと思われる。確か福田和也が書いていたことだと思うが、柄谷の文章は内容以前に読者に思考停止を強いるようなクールなドライヴ感が底流していて、柄谷が当時ポピュリズムを得ていたのもそうした側面が強かったように思う。柄谷のポストモダン的な文学論の入門的な位置づけの本。

2.宮台真司まぼろしの郊外—成熟社会を生きる若者たちの行方』
 宮台からは、最高傑作と呼ばれがちな『制服少女たちの選択』ではなくこの本をあげておく。話題は取り止めがなくお得意の援交少女論から郊外論まで多岐にわたるが、いずれも当時の文化誌(史)的なルポルタージュとして興味深い。

3.マルティン・ハイデッガー『芸術作品の根源』
 主著は『存在と時間』だと思うが、自分の興味関心からこちらを。ハイデガーに限らない話だが哲学の本を読む時には常にその晦渋な文章との格闘を強いられるが、ハイデガーは用語の文学的センスから好きな哲学者の一人。完全に理解したとは言い難いので機会があれば再読したい。

4.サミュエル・ベケット『いざ最悪の方へ』
 ベケットはいわゆる前期三部作の方が有名だが、自分が好きなレビュアーが後期三部作のレビューを書いておりそちらに感銘を受けたためこちらを先に読んだ。同時期のバルトの『喪の日記』などと併せて失語症的な文体の作品が全世界的にこの時期に多く登場しているのはポストモダンと無関係ではないと思う。「言われるために言う。言い間違え。いまからは言い間違えられるために言う。」。

5.石川博品『ヴァンパイア・サマータイム
 オタクなのでオタクの小説を一枠入れたかったために、ねじ込んだ。ここは気分によって『友達いらない同盟』や『幽霊列車とこんぺい糖』などに変わる。石川博品ラノベの語彙で文学作品を書こうと試みた点で、特異な作家であるように思う。まだ質ラノベという言葉が叫ばれていたレベルにはラノベが元気だった頃の質ラノベ